八日目  中国 大連 情報は力なり

安宿は、40元より上位の70元のダブルベッドだったくせに、すぐ隣がなんとトイレで、他の人の大小便の音が丸聞こえだった。しかも、夜に足音が私の部屋の直前まで響いてくるため、落ち着かなくておちおち寝ていられない。ヘアターバンを、目と耳に被せて、無理矢理眠った。正直、セキュリティ面でも怖くて仕方なかった。それでも、いつの間にか周りが明るくなっていて、無地に朝を迎えられたことを知ったとき、安堵した。ホテルを出るとき、デポジットに取られていた30元を返してくれた。そして、おじさんが、日本語のお店とか出ているパンフレットを渡してくれた。それだけのことなのに、すごくすごく嬉しかった。この人の笑顔は、穏やかで安心する。深々と謝謝といって、ホテルを後にした。ホテルを出た後は、ネットカフェに向かう。地下から見えるパソコンを発見して、ネットカフェの漢字の書き方がなんとかわかったので、今日もまた探す。今度行ったところは、デポジットを取られた。

気弱になっていた私は、上海へ向かうつもりだった。上海には、父親が単身赴任で暮らしている。本当はこんな一人旅を怒られるのが怖かったので寄らないつもりだったが、あたたかさに飢えてしまった私はすっかり怖じ気づいていた。また、重い荷物の幾つかをおいていこうと考えてもいた…。でも、ネットで情報を調べているうちに、少しずつ気持ちに変化が生じてきた。旅行で使える中国語を調べながら、なぜもっと準備を万全にしていかなかったのだろうかと悔やまれた。荷物にばかり気を取られていて、その国の情報を何も持たずに行くことは、なんて無謀でもったいないことだったんだろう。もしも、お礼の言葉だけでも準備していたのなら、あの人のいい宿の夫婦にもっとありがとうの気持ちを伝えられたのに…。それでも伝えられる言葉を持ったことで、勇気が湧いてきた。これならホテルも泊まれる。情報というのは力だ。ガイドブック一つ持たずに現地の人たちと溶け込むような旅のスタイルに憧れていたが、また出来る人をうらやましく思うが、そもそも私は最初からそんな柔軟性は持ちあわせていないではないか。コミュニケーション能力だってほぼゼロの私ができることは検索しまくること!!これしかない。 やっぱり北京へ行かなければ。そう思った。世界遺産の万里の長城を見たい。そしてシルクロードも…。韓国でも、観光できずに世界遺産を見逃したことを後悔していた。幸い、北京の京華飯店には、世界中のバックパッカーが集まってくるという。私は、いまだに自分と同じような旅仲間を見ていない。見ても仲間になれるのかどうかはわからないが、とりあえず行ってみよう。何かを求めて旅をしている人たちの中へ。

午前中はほとんどネットカフェで過ごし、午後には両替をすることにした。とりあえず、もうこの間のように困らないようにトラベラーズチェックを両替しよう。そう思って主要な銀行を当たったが、ことごとく断られた。INFORMATIONで何番のカウンタへ行けと言われていざ行ってみると、NOである。郵便局へも行ってみた。しかしだめで、中国銀行を勧められた。行ってみるとさっき行って断られた所…。本当にダメなのか、単に面倒くさい、よくわからないということでだめだったりするのかわからないが、諦めてクレジットカードから引き落とすことにした。ここで交渉で粘れば出来たりするのだろうか…。アメリカへの反米感情というのも社会に影響を与えているのかどうなのか。このままではクレジットカードの限度額が過ぎてしまうのではないかとそちらも心配になってくる。

なんとか現金をゲットした私は、鉄道のチケットを買った。韓国でやった通りに紙に書いて提出した。「当日 T227 18:03 至北京 単程 硬臥」。できればクレジットカードで買いたかったけど、対応していないようだった。駅を出て右へ行くと、荷物の預かり所があったので、そこへ預けることにした。が、そこでまたしても荷物チェックが行われた…!中国って講言うところが本当に厳しいのね。身軽になってからは、地下の商店街をひたすらうろうろ、うろうろして過ごす。途中、おなかが減ったので、TENJINラーメンで日本のラーメンを食べた。これって、日本では見たことないけど、シンガポールにはあって、良く入ったお店だったのでとても懐かしかった。携帯を見ると、まだ五時で早かったので、夕方にはKFCに入るという、全く旅を満喫していないスタイルに出る。その後、入り口で監視員の人に切符を見せて、荷物をX線にかけて、中へはいるという国内の鉄道内での徹底っぷりを見た。また、その中でも偉そうな人が、これはさすがに何か命令しているんだな、と思わせるような、ものすごい居丈高な大きい声が一人の乗客に向けて発せられていた。身がすくむくらいの恐ろしさだ。これが国の役人ということなのだろうか…。待合所の中に入ると、電子掲示板に私が乗るバスのT227の表示がなかった。次の18:20のは出ているのに、なぜ…? と思い、ふと駅の時計を見ると、なんと18:15を指していることに気がつき愕然となる。慌てて時計を見ると、まだ17:15…。そういえば、中国と日本の時差は一時間で、ネットカフェに入ったとき、そこのPCの時間にあわせたのだった。でも、それが狂っていたのだとしたら…。しまった、完全に乗り遅れた。大ショックだ〜…。 あまりのことに肩をがっくり落とし、とりあえず近くの人に、「これ終わってる??」とか行ってチケットを見せたりして、顔色をうかがってみる。すると、残念そうな、哀れみを浮かべた顔になるではないか〜。悲しくって他の人にもやってみる。やっぱり同じような同情的な顔をする。はあ〜。仕方ない、買い直しだ、と思って、歩き出すと、後ろから声をかけてくれた人がいた。言葉はわからなかったけど、何だか希望がもてそうな言い方をしてくれる。私は、一応係りの人に言うだけ言ってみようと思い、チケット売り場へ向かった。途中、駅のお役人と思われる、黒いコートを着た人にも聞いてみると、何と通じた!英語で答えが返ってきた!しかも、あの哀れそうな顔を浮かべてくれている! later..と残念そうに言ってくれてる!この人たちは科挙の名残の厳しい試練を乗り越えた偉い人たちなんだろうか…。とりあえず、窓口に行けば何とかなるかもしれないということだった。始め一般の窓口へ行ったが、20番の、退票と書かれた受付へ行くように指示される。ふと、韓国で乗り過ごしたとき、改札を出て再び切符を買ったことが思い出される。恐る恐る、次の北京行きの便を紙に書いて、チェンジチェンジと言うと、何とただで変えてくれた!!嬉しい〜!何だ、中国だって失敗を許してくれる優しい面も持っているじゃないか。私はすごく嬉しくなった。再び荷物をX線に通し、元の待合所に行って、先ほど心配して声をかけてくれた人にお礼を言おうと思ってぺこりと頭を下げたが、不審な顔をされた…。どうやら違う人だったようだ。まだ顔の見分けが完全には付いていないようだった…。

電車の中は、三段ベッドが向かい合わせにあって六人仕切のスペースとなっていた。私は一番上のベッドだ。小さなはしごバックパックを背負いながらをよじ上る。見晴らしは良いが座ると頭がぶつかってしまい真っ直ぐにすらならないのがきつい。首を横にしつつ変な体勢で荷物を整理していたら筋を痛めた…。 さあ、ここから約11時間後に北京だ。





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